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鈴木 僕は2002年から幅広い年代の子どもたちにバスケットボールを指導しているのですが、なかには教えたスキルがうまくできない子もいるのです。そうした子どもたちに対して、僕はそのスキルをさらにかみ砕いて説明し、習得してもらおうと考えていました。

 たとえばオープンスタンスでのプレー。正対しているディフェンスを抜こうと思えば、ボールを持っているほうの足から動いたら有利になります。その考え自体はよかったのですが、あるとき壁にぶつかりました。最初の1歩が弱いと抜けないのです。

 オープンスタンスからオンサイドへの1歩を強くするにはどうしたらいいのだろう、そう考えていたころに、(佐藤)晃一さんに出会いました。

 晃一さんは体に関する知識が豊富だったので、すぐにそのことを相談してみました。すると晃一さんは「プッシュオフアングル(本書P40)」と呼ばれる足を置いたときの角度や、「ブレーシング(本書P9)」と呼ばれる体幹を固める動き、また「仰向け片足上げ(本書P8)」などを教えてくれました。僕自身は、子どもたちの前でデモンストレーションをするとき、そうした動きを無意識にできていたのですが、それを子どもたちに“伝える”となるとむずかしい。そこで晃一さんに教わったエクササイズを子どもたちにやらせてみたら、スムーズな動きができる子どもたちが増えていったのです。

佐藤 キャンプやクリニックだけではなく、鈴木くんは自身が代表として運営しているERUTLUC(エルトラック)の教室などでも試してくれて、「このエクササイズをやるとバスケットのこの動きに効果的でした」とフィードバックをしてくれるのです。これは僕にとって大きな発見でした。

 たとえば鈴木くんがあげた「仰向け片足上げ」は、上半身と下半身をつなげることで、体幹に力が入るため股関節の動きがよくなり、結果として前屈がしやすくなるエクササイズです。

 キャンプでは、そういう意味で紹介したのだけれども、鈴木くんはドライブの練習の前にそれをやらせてみたら、選手の動きがよくなった、体をひとつの塊として使えるようになったというわけです。もともとの目的ではないのだけれど、それをバスケットボールの現場で実践してみたら、すごく効果があったのです。

鈴木 僕はそれまでトレーナー(注:アスレティックトレーナーやトレーニングコーチ、ストレングスコーチなど名称はさまざまありますが、本書ではそれらを総称して「トレーナー」で統一します)は、トレーニングを指導してくれる人で、「筋肉の量を増やしてくれる人」というイメージでした。プレーの“出力”は上げてくれるけど、まさかドライブを強く踏み出すための足の角度まで一緒に考えてくれて、アドバイスしてくれるとは思っていませんでした。

佐藤 トレーナーがスキル練習に加わらないのは、役割が決まっているからです。トレーナー自身もスキル練習のなかに入っていくのは自分の役割ではないと思っていることが多いし、それ以前に、自分がそうしたポテンシャルを持っていることに気づいていないこともあります。

鈴木 僕は晃一さんがNBAで8年間、トレーナーとして活躍してきたという肩書よりも、「動きは筋肉の部位ではなく、動きのパターンで鍛える」といわれたことに衝撃を受けました。であれば、バスケットボールの動きについて相談したら、その強化の仕方を教えてもらえるのでは? と考えたのです。そのことに気がついたのは、コーチとして非常に大きな出来事でした。同時に、スキルではボールをどう扱うかと同じくらい、体をどう使うかが大事だとも気づかされました。それまではボールをうまく扱えれば、ディフェンスを抜くのもうまくなるといった、ある種の迷信のようなものに捉われすぎていたのかもしれません。

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佐藤 一般的に「鍛える」というと「筋力トレーニング」とか「走り込み」と捉えがちです。でも、「鍛える」ことの根っこにあるのは「動きの質をよくすること」です。さらに動きのバリエーション、つまりいろいろな動きがよりよくできることで対応力が上がり、ケガのリスクを抑えることができます。ただ間違ってほしくないのは、「筋力トレーニング」や「走り込み」をしてはいけないといっているわけではありません。人は、結果を残した人の考えを見聞きしたり、新しい考え方が出てきたりすると、それ以前にあったことが、あたかもよくないことだったと思いがちです。そうではありません。

 本書のテーマについていえば、よりよい動きのなかで負荷をかけたり、動きのスピードを上げたりしていくということです。本書を通じて伝えたいのは、大腿四頭筋や上腕二頭筋といった一部の筋肉を考えるのではなく、体の動き全体をトレーニングしていけば、それぞれの筋肉は勝手に鍛えられていくという考え方です。

鈴木 僕もそれまでは表面的な現象を追いがちでした。でも晃一さんと出会って、たとえば足の動きには上半身の姿勢が関係しているとか、この部位がうまく使えない選手は、それとは異なる部位をうまく動かせていないからだといった、体のつながりの大切さを知りました。僕たちバスケットボールのコーチが、スキルを練習すれば子どもたちは勝手にできるようになるし、それができない子はセンスがないんだと片づけがちなところも、よりよい体の動かし方を知ることで、もっと踏み込んでいけるようになるのです。

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佐藤 これは世界的にいえることだと思いますが、現代の子どもたちは外で遊ぶことが少なくなりました。だからわれわれが「これくらいの動きはできるだろう」と思う動きさえできないことが多いのです。今の子どもは昔の子どもよりもバスケットボールのスキルが断然高い。これは鈴木くんを含めた多くのコーチが認めるところです。でも運動能力は低下しています。

 たとえば背中が丸まった姿勢でプレーしている子は、たとえスキルが高くても、姿勢がよくないので安定した体幹を軸にして下半身の筋肉が力を発揮しきれません。そのため、コンタクトの際に押し負けたり、力強いドライブができない。このような姿勢は、コーチから「低い姿勢をとりなさい」と指導を受けたときに、スクワットをしてお尻を下げる代わりに、背中を丸くすることで目の位置を低くした結果かもしれません。スポーツ選手としての「運動感覚」がズレている。つまり自分では「やっている」と思っていることが、実際にはできていないのです。体の動かし方をトレーニングすることで、それを調整していく。体と心、体と脳をしっかりとつなげていくというのも本書の狙いです。

 ただし僕ができるのは、選手が「こういう動きをしたい」と思っていることに対して、体の動かし方のヒントを紹介するくらいです。言い訳じみたことになりますが、本書で紹介していることが、絶対的な正解ではありません。ここで紹介するのは解決のためのヒントです。そのヒントをもとに、選手自身が自分にとってもっともやりやすい方法を見つけることが何よりも大切です。

 選手も「すべてを教えてもらおう」と受け身になるのではなく、自分から自分の体に向き合ってもらいたい。「十人十色」という言葉がありますが、すべての人に通じる「正しい動き」はありません。それぞれにとって「よりよい動き」があるのです。たとえば、コーチが「スタンスは肩幅よりもちょっと広くとって」といったときの「ちょっと」をいかに自分で探すか。自分にとってもっとも速く動けるスタンスを、本書をきっかけにして、自分自身で探してもらいたいです。

鈴木 トレーニングにしろ、スキルにしろ、細かい話になればなるほど「正しい」といいやすくなります。たとえば「この筋肉を鍛えるトレーニングはこうしましょう」といえば、確かにそうですけれども、本書で示したいのは、よりよい体の動かし方をトレーニングすることで、「ドリブルが強く突けるようになった」、「1対1の1歩目が速くなった」と、選手自身がスキルレベルでの上達を感じられるようになることです。今までスキルの本を読んで学んでいたこととは異なる切り口で、スキルアップを示したいと考えています。

 そのため、本書ではあえて第1章で「スキル」について紹介しています。これまでにあったトレーニング系の書籍は、その多くがトレーニングだけを扱うものでした。しかし本書は育成年代のバスケットボールを指導してきた僕が、現代のバスケットで重要性がより増しているファンダメンタルについて紹介します。それらが第2章以降で紹介する、よりよい体の動きを得るエクササイズと組み合わさったとき、多くの選手のレベルが一段とアップするものになると考えています。

 そしてもうひとつ、晃一さんとの出会いで大きく変わったことがあります。それは固定観念を見直せることです。たとえばディフェンスでは、最初の1歩はスライドステップで始めるべきで、クロスオーバーステップで始めるのはよくないといわれてきました。しかし体の使い方の視点で考えると、「これしかできない」という考え方はとても危ないことです。ディフェンスの例でいえば、「スライドステップもできるけど、クロスオーバーステップでもできるようにしておく」ほうがいいわけです。

 これまで常識だと思って深く考えずに扱ってきたものが、よくよく考えてみたら違っていたということがあります。バスケットボールの世界でも、それは起こりうることなのです。体の専門家がその高い知見を示した本書が、コーチの指導を改めて見直す機会になってくれれば、同じ育成年代を指導するコーチとして、これほどうれしいことはありません。

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