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考えることで競争は

楽しくなる!

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Photo by takuji hasegawa

ライバルとの対戦は燃える

――渡嘉敷選手には学生時代から大﨑(旧姓・間宮)佑圭さんや篠原恵さんといった、同じポジションのライバルがいました。同じ高校の先輩には髙田真希(デンソーアイリス)もいます。彼女たちとの競争にこだわったり、その競争を面白がるようなことはしていましたか?

渡嘉敷 学生時代は毎日が楽しかったですよ。自分自身との戦いは常にありましたし、対相手になるとさらに燃えますよね。相手は自分が考えてないことをするわけでしょう? 数カ月ぶりに会って、「向こうはどれくらい成長しているのかな?」と想像して、それが楽しかったんです。そういうライバルがいるというのもすごく大事だなと思いますね。今でもリツさん(髙田真希)と試合をするときは「どういうプレーをしてくるのかな? 何をしてくるのかな?」と考えますし、ビッグマンのいないチームと対戦するときも、「今回はどうやって自分のことを守ってくるんだろう?」というのは興味深いですね。それを楽しんでいます。

――先ほどおっしゃったように高校時代は全国8冠。ENEOSに入ってからもほとんど負けていません。つまり勝ち続けていても、常に競争することを楽しんでいたんですね

渡嘉敷 そうですね。ただ自分もそれなりにいろいろと考えるんですよ。「相手はこういうことをしてくるのかな?」と想像しながら、「こういうふうにしてきたら、自分はこうしよう」とか、試合前のイメージトレーニングはどんな試合でも……相手が誰であっても、そんなふうに競争を楽しんでいます。

――渡嘉敷選手ほどの高さと強さがあれば、何もしなくても勝てるだろうと見ている人は思うかもしれません。実際には様々なことを考えて、しっかりと準備しているわけですね。

渡嘉敷 皆さんが思う以上に、深く考えていると思います。だからENEOSは強いんだと思いますし、自分は絶対に負けないという自信につながっています。ただ単に大きくて、ゴール下でシュートを軽く打っているように見えているかもしれないですけど、実は渡嘉敷、割とバスケットIQも高いよ! みたいな(笑)。何も考えずにやっているわけじゃないんだよ、とは思いますね。

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今の自分に満足しない
そのために考えて、常に競い合う

――考えてプレーするようになったきっかけはありますか?

渡嘉敷 若い頃はそんなに考えていなかったんですけど、やはりアメリカに行ったことが大きいと思います。日本ではベンチにいる時間がほとんどなかったのですが、アメリカではあまり試合に出られなかったし、ベンチにいる時間のほうが長かった。その中で「自分は何をすれば試合に出られるのか」と考えるようになったんです。ベンチで「あの選手がああやってやられたから、自分はああならないようにしよう」、「あの選手が今こんなミスしたから、次はこうしたらいいんじゃないか?」と思いながら、途中からコートに出て行くわけです。つまり自分が試合に出ていない時間を有効に使ったんですね。アメリカで途中から試合に出る難しさを知ったことによって、日本に帰ってきてからも試合を見返すし、いろいろなバスケットを見て考えるようになりました。

――WNBAに参戦した3シーズンは、ベンチにいる時間が長くなるかもしれないと覚悟していたのですか? それともスタメンに選ばれるという強い意志を持って臨んだのですか?

渡嘉敷 絶対的な自信があって行ったわけではありません。ただ、「このまま国内にいて、これ以上の刺激はあるのかな?」と思うようになり、新しい刺激が欲しくなったんです……

【インタビュー全文はBasketball Planet Vol.2に掲載】

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全国8冠を達成した高校時代から
「100年に一人の逸材」と言われてきた渡嘉敷来夢。
国際レベルの身体能力とともに、
「たとえ技術で劣ることがあったとしても、メンタルで負けることは絶対ないと思っている」
という競争心も大きな武器だ。
昨年12月に負った怪我からの
復帰を目指す日本のエースが、
幼少期の思い出も交えながら「競争心の磨き方」、
「ペイントエリア内の決定力」について
語ったロングインタビュー全文は、
Basketball Planet Vol.2に掲載!

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Basketball Planet VOL.2

競争心を育む。

ーペイント内での高い決定力を目指してー

 

バスケットボール・プラネット  (著, 編集)

2021年9月4日発売

渡嘉敷来夢 とかしき らむ

1991年生まれ、埼玉県出身。中学校時代からバスケットボールを始め、桜花学園高校でウインターカップ3連覇を含む8冠を達成。高校2年時の2008年には史上最年少(当時)の16歳で日本代表候補に選出された。2010年にJX(現・ENEOS)サンフラワーズに加入すると、Wリーグ史上初のルーキーオブザイヤーとレギュラーシーズンMVPを受賞。日本代表としても2013、2015年にアジア選手権(現・アジアカップ)優勝を果たし、MVPとベスト5を2大会連続で受賞した。2015年よりWNBAのシアトル・ストームに所属し、2017年にENEOSサンフラワーズに復帰。